自己組織化カプセル分子 〜塩谷光彦研究室〜

 さて今回は理学部の塩谷光彦教授のグループに話を伺うことになりました。先生の研究分野は「機能性を持った錯体を創る」というところにあり、研究室からは見た目にも美しい興味深い化合物が、続々と登場しています。


塩谷光彦教授

 金属イオンは、化学の世界において様々な機能を発揮します。例えば生命を支えるタンパク質にも金属を含むものは多く、酸素の運搬や化合物の代謝など重要な場面で活躍します。また、よく設計された金属触媒の働き抜きに、現代の化学工業や最先端の全合成を語ることはできません。こうした機能を引き出すには、適切な種類の金属イオンが、適切な位置に配置されていることが不可欠となります。

 塩谷研究室では、金属イオンの配置を精密に制御する研究を行っています。ここでキーポイントとなるのが「自己組織化」という考え方です。うまく設計した配位子を金属イオンと結合させれば、自然と両者が結合し、規則的な形状の錯体を形成するのです。デザイン次第によっては、通常の合成手法では手が届かないような高度な構造を、最小限の手間で作り出すことが可能になります。


自己組織化の概念図

この考え方に基づき、塩谷研からは様々に金属イオンを配列させた錯体がいくつも生み出されています。例えばDNAを模した下図の分子では、金属イオンを一直線に配列することに成功しています。いわば二重らせんの形をとった、世界で最も細いワイヤーということになります<論文1><論文2>。


金属イオンを中心に持つ人工DNA

また板状の配位子を用いると、多面体の頂点に金属イオンを配置することもできます。この場合、内部に小さな空間を持った「分子カプセル」ができ、中に様々な小分子を取り込むことが可能になります。ここでも興味深い研究が展開されていますが、これはまた別の機会に紹介しましょう。



Angewandte Chemie誌の表紙を飾ったカプセル分子のモデル

ではここからさらに一歩進めて、こうしたカプセル分子自体を適切に配置するにはどうすればいいでしょうか?今回の論文は、その第一歩となる新しいカプセル分子を設計したというものです。
この論文のタイトルは、「Inclusion of Anionic Guests inside a Molecular Cage with Palladium(II) Centers as Electrostatic Anchors」です。2価のパラジウムイオン2つと、配位子4分子で錯形成させたものです。
 
 この論文のポイントは、配位子のデザインです。梯子のような構造で、頑丈で変形しにくい作りになっているのがポイントです。これがふにゃふにゃと曲がるのでは、錯体もきっちりした形をとることができず、一定のカプセル型に落ち着いてくれません。この配位子は両端についたピリジン環の窒素で、金属原子に配位結合するよう設計されています。


配位子の構造


カプセル形成のモデル図

 このカプセルの特徴は、その独特な形状にあります。上から見ると十字型をしており、横から見れば大きな入り口が4つ空いた中空のラグビーボール状の構造です。この上下にはパラジウム陽イオンが2つ存在するため、内部に1,1’-フェロセンビススルホン酸のような陰電荷を2カ所持つ分子を取り込んで、強く結合します。つまり、大穴が空いているわりに内部に取り込んだ化合物を逃がさずしっかり捕まえることができるのが、このカプセルのユニークな点です。


1,1’-フェロセンビススルホン酸

 今回は1分子を取り込んだところまでとなっていますが、この構造を生かせば取り込んだ分子に対して様々な細工を行うことができるはずです。取り込んだ分子同士を何らかの形でつなぎ合わせてやれば、カプセル自体を直線、あるいはグリッド状などに並べるようなことも可能になると考えられます。そのためには何を取り込ませ、どうやって連結させればよいか?ここからどんなアイディアが飛び出すのか、今後の展開にたいへん期待が持たれる研究です。