「天才」電子を手なずける 〜組頭 広志教授〜

 若手研究者の育成は、グローバルCOEプログラムの大きな目標の一つです。本拠点からも、優れた若手研究者が次々に巣立っています。以前にこのブログに登場いただいた中からも、内田さやか博士・徐岩博士などが他部局や他大学に栄転しており、独自の研究に取り組み始めています。

 ごく最近では、尾嶋研究室で准教授を務めていた組頭広志(くみがしら ひろし)准教授が、つくば市にある「高エネルギー加速器研究機構」(KEK)の教授に7月より就任しました。組頭教授はつい最近「Science」誌に、「Metallic Quantum Well States in Artificial Structures of Strongly Correlated Oxide」と題する論文を発表したばかり、まさに気鋭の若手研究者です。移籍の手みやげとなったこの研究、一体どんな内容なのかKEKにて話を伺いました。


チームメンバー。左から吉松公平さん、組頭広志教授、坂井延寿博士

高エネルギー加速器研究機構KEK

 KEKつくば市の北、筑波山を望む平野に、東京ドーム33個分という広大な敷地を擁する研究所で、素粒子物理学から物質、生命、宇宙論に至る広汎な研究が行われています。その地で展開されようとしている組頭教授の研究は「強相関電子系」という分野で、化学の中でも物理学の方に近いジャンルです。


 ・強相関電子とは
 電子はあらゆる物質中に存在し、その性質に大きく関与する重要な素粒子です。例えば金属や半導体の中では電子が自由自在に動き回り、これが導電性などの性質の元になっています。ところが電子の密度が高まると、電子が互いに反発し合い、通常の電子集団とは全く違う振る舞いを見せるようになります。電子が互いに強い相関関係を持っていることから、こうした系を「強相関電子系」と呼びます。


半導体や金属など

強相関物質(高温超伝導体など)

 この強相関電子は、なかなかその性質の予測が難しいものの、しばしば驚くべき機能を発揮します。その最たるものは1986年に発見された高温超伝導(1987年ノーベル物理学賞)で、銅を含んだ金属酸化物が-200℃付近という「高温」で超伝導(電気抵抗がゼロになる現象。それまでは絶対零度付近の超低温でしか超伝導現象は起きないとされていた)が起きるというものです。その他にも、超巨大磁気抵抗効果などの新しい現象が次々に見つかっており、物性物理分野の中心的課題となっている領域です。

 なぜ強相関電子は、かくも豊かな物性を発揮するのでしょうか?通常の電子は、その性質がほぼ揃ったものであるのに比べ、強相関電子は電荷・スピン・軌道といったファクターが大きく変化し、互いに絡み合って複雑な物性を発揮するのです。これらを自在に制御できれば、さらに新しい機能を持った材料創成の道が開けてくると考えられます。


 ・強相関電子を制御する
 ではどうやってその強相関電子を制御しているのでしょうか?たとえば銅酸化物系超伝導体は、下図に示すような層状構造をとっています。銅と酸素から成る層が1〜3層積み重なり、その上下をビスマスと酸素の層が覆い、……と繰り返し積み重なった、サンドイッチ状の構造です。この銅の層は導電性、ビスマス層は絶縁性であることから、電子は銅の薄い層に閉じ込められた状態になっています。このように強相関電子状態を閉じこめることで、高温超伝導などの現象が発現していると考えられます。


高温超伝導化合物の例。導電層が増えると超伝導の臨界温度が上がる。

 この導電層が厚くなると、電子のとりうる状態の数が増えて、さらに機能の幅が広がると考えられます。たとえば上図の銅酸化物超伝導体では、層が1〜3と増えるにつれて臨界温度(超伝導性を示すようになる温度)が上がってゆきます。

 ただし、層の数を増やすという理屈は簡単でも、相手は目に見えないほど小さな原子ですから、実際にこれを作り出すのは大変なことです。現在よく用いられている合成技法は、原料となる金属酸化物を乳鉢ですりつぶして混ぜて高温で焼くという、言ってしまえば陶器作りとあまり変わらない手段です。構造の制御を人工的に行うことはできず、条件をいろいろ変えながら偶然によいものができるのを待つしかありません。


 ・レーザー分子線エピタキシー
 そこで今回組頭教授のグループが用いたのが、レーザー分子線エピタキシーという方法です。これは高真空下でレーザーによって分子を蒸発させて飛ばし、基板上に蒸着させて薄膜を成長させるというものです。この方法によれば原子単位の膜厚制御ができ、3層以上の積み重ねも可能になります。
 この方法で、原子レベルででこぼこのない、完全に平らな層ができるものなのかという気がしてしまいますが、実際にはかなりのエネルギーを持っているので原子はある程度動き回り、一番安定な平面状態に落ち着いていきます。砂を入れた容器を横からトントンと叩いていると、表面が自然に平らになってくるのに似ています。

 ただしこの方法さえ使えば、どんな化合物を使ってもきれいな層ができるというほど簡単ではありません。絶縁体の基板の上に伝導層を重ねて成長させていくわけですが、実際にはこれらの相性の問題などもあり、目的通りのものができる方がまれです。結局基板や導電層となる化合物の選択、実験条件などは、試行錯誤によるしかありません。ある程度の理論はもちろん必要ですが、研究者の経験、カンがものをいう領域です。

 今回実験を担当し、世界的競争を勝ち抜いて見事これを実現したのが吉松公平さん(応用化学専攻博士課程3年)です。伝導層として用いる化合物や、温度などの条件を種々検討し、たどり着いたのは基板としてチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、伝導層としてバナジウムストロンチウム(SrVO3)を用いる組み合わせでした。バナジウムは多くの原子価をとりうる元素であり、常識的にはあまりうまくいきそうにないと考えられたのですが、実際にはこれだけが成功したといいますから面白いものです。


装置の解説をする吉松公平さん

 試料を作製したら、その電子特性を測定しなければなりません。この測定は試料に強力な光を当て、飛び出してくる光電子を調べることにより行います。この「強力な光」こそが、つくばKEKで実験を行っている理由です。

 組頭教授グループの実験装置は、KEKにある「フォトンファクトリー」内に造られています。フォトンファクトリーでは放射光(光速近くまで加速された電子が、磁場によってその進行方向を曲げられたときに放出される強い光)を発生する巨大な装置が建設されており、各種実験で威力を発揮しているのです。

 ここでは、たとえば下図のような巨大な機器が稼働しています。この機械では先のレーザー分子線エピタキシーの手法で試料を作製した後、そのまま真空下で放射光によって測定を行う、というシステムが構築されています。他の多くの研究所では作成した試料をいったん取り出し、大気にさらしてしまってから測定を行っていました。この間に試料が空気によって酸化されたり、表面が荒れたりということが起こりえますが、このシステムではできたての試料をそのまま測定することを可能とします。こうした装置も自分たちで設計したものであり、これらシステムをトータルで構築できたからこそ実現できた成果であったといえます。


重量2トンもある巨大装置。圧搾空気で浮上して移動可能というから驚き。

 こうして測定を行ったところ、層の数が増えるに従って閉じ込められた電子の量子化状態が変化することが判明しました。理論計算で出された値ともきれいに一致し、ここに「強相関電子の二次元空間閉じ込め」が世界で初めて達成されたことが実証されました。

 この手法を使えば、伝導層の枚数を自在に増やすことができることになり、今までの合成手法の限界が一気に取り払われたことになります。今まで「ものづくり」の壁にさえぎられてきた強相関電子の興味深い物性を、自在に引き出す道筋がついたといえます。たとえばこの方法で銅酸化物の層を積み上げていくことができたら、さらに臨界温度が上がって夢の室温超伝導が実現できる可能性もあります。他にも、磁性材料などで今までに考えられなかったような新しい強相関電子の世界が開けてくる可能性があります。
 
 組頭教授にこうした可能性を伺ったところ、「強相関電子というのは、コントロールが難しいけれどとんでもない性能を発揮する、“外れ者の天才児”のようなところがあります。しかし今回の研究で、どうやらそれを手なずける道筋が見えてきたように思います」というしびれる名台詞を返してくれました。さらに新しいアイディアもいろいろあるとのことで、まだ隠されたままの「天才児」の素顔が明らかになる日も、そう遠くはなさそうです。