分析結果

−「希ガスのうち、どれがどの程度検出されたのでしょうか」
N「ヘリウム、ネオン、アルゴンが検出されました。これらの元素存在比やそれぞれの同位体比は、太陽風に非常に近い値でした。クリプトンとキセノンはブランクレベル(※)と明確な差が検出できず、はやぶさ試料のものと断定できませんでした」


※(試料測定時には地上の物質由来の不純物が入り込む可能性があるため、イトカワの粒子を含まない「空(ブランク)」のサンプルを測定し、これと比較する。キセノン132を例に取れば、ブランクのサンプルは10のマイナス20乗モルレベルのキセノン132を含んでいたが、イトカワの粒子はこれと変わらないレベルであった。つまりイトカワ粒子のキセノン含量は、極めてゼロに近いと見られる。)


−「それにしてももう少し量が欲しかったのではと思いますが……」
N「ええ、他の研究機関での分析は、表面の観察などなのでサンプルを完全に壊す検査ではないのですが、我々だけは貴重なサンプルを熱して跡形もなく溶かしてしまうものですから、これが限度でした」

−「松田さんはどうでした?初めてサンプルを見て」
M「いやあ、絶対失敗できないなと。相模原から電車で持って帰ってきたんですけど」

−「え、電車で普通に?そんなホコリほどもないサンプルを?」
M「はい。帰ってきて顕微鏡で覗いて、きちんと3粒見えたときには本当にホッとしました。みんなで回して見て『すげえすげえ』とひとしきり盛り上がりました(笑)」

−「そりゃあなくしたら人類レベルの損失ですものね」
N「はい、なので真空容器に小さな三角形のへこみを作って微粒子を入れ、上から石英ガラスでぴったりフタをして、絶対に漏れ落ちたりしないようなものを作りました。その他、自分たちでいろいろな工夫をしています。何しろ非常に重い責任を負うわけですから」



サンプルの容器


−「それでわかってきたことは?」
N「たとえば月にあった石が持ち帰られて分析されていますが、月は重力がかなり大きいため、石も長い期間安定してそこにありました。しかしイトカワのような小さい天体では寿命がどれくらいあるか、全くわかっていなかったわけです」

−「それが希ガス分析からわかったわけですね」
N「はい。微粒子が宇宙線を浴びていた期間は思ったより短いことがわかりました。つまりイトカワはかなり速く崩れていっているということです」

−「先ほど同位体のお話がありましたが、その比からそれがわかるということでしょうか?」
N「たとえば宇宙線によって生成するネオン21が、この微粒子には少ないことがわかりました。これは微粒子がイトカワの表面で宇宙線を浴びていた期間が、思ったより短かったことを意味します」

−「どのくらいだったのですか?」
N「我々の分析によれば、微粒子が表面にいた期間は数百万年のオーダーでした。イトカワは小天体の衝突を受けるなどして、少しずつ崩れて宇宙空間に散逸しており、あと10億年以内で崩壊して消えるのではと考えられます」

−「10億年というと、我々の感覚ではずいぶん長いですが……」
N「今回の分析ではサンプル量が少なすぎるので、『10億年以内』という上限値、大ざっぱな精度でしか寿命を推定できません。1ミリグラム程度あれば、ずっと詳しいことがわかったと思いますが」



分析した微粒子のひとつ


−「その他わかったこと、意外だったことは?」
N「今回3粒を分析したわけですが、それぞれに個性がありました。粒子を段階的に加熱して希ガスを抽出したわけですが、その出方や量がそれぞれ違っていました。これらの粒子が、それぞれイトカワ表面に出たりもぐったり、違う歴史を持っていることがここからわかります。
もちろん、これだけ粒子が表面にいた期間が短い――つまりイトカワの崩壊が速いというのもかなり意外なことでした」

−「他の大学では、どのような調査が行われたのでしょうか?」
N「岩石の化学成分、表面の様子の電子顕微鏡観察などです。これによって、このサンプルが確実にイトカワ由来の粒子であること、地球に降ってくる隕石は、これら小惑星由来であることなどが確認されました。
また、イトカワはもともとかなり大きな天体だったのですが、おそらくは他の天体との衝突によって砕け散り、その破片の一部が寄り集まって今の姿になったと考えられていました。今回持ち帰られた粒子は、衝撃を受けて砕けたり溶けたりした形跡があり、このことが実証されました。もちろんこれらは今までにも推定されていたことですが、これが確定できたことは大きな成果です。」

−「それであんなかりんとうみたいな不思議な形をしているんですね。硬い岩というより、いわば瓦礫の塊と思えばよいでしょうか?」
N「そうです。それが少しずつ崩れていっている」



イトカワの姿