セリウムの発見

何とか「優しく」DNAの鎖を切る手法はないものか――。こうした加水分解反応には、しばしば各種の金属イオンが触媒となります。そこで小宮山教授のグループが数多くの金属を試した結果、行き当たったのはセリウム(IV)というイオンでした。驚くべきことに、セリウム(IV)は他の金属イオンに比べて1兆倍も素早く一本鎖DNA鎖を切断するという、極めて突出した能力を備えていたのです。
面白いことに、小宮山教授は当初セリウム(IV)を試そうと思っていたのではありませんでした。セリウムには3価と4価の2つの状態がありますが、小宮山教授が試そうとしていたのは3価の方でした。ところがこの実験中にセリウム(III)が空気によって酸化を受けてセリウム(IV)に変化し、こちらがDNAを効率よく切断していたのです。
セリウムはルイス酸性を持つので、リン酸エステルの酸素原子に配位して加水分解を受けやすくする働きがあります。そしてうまい位置に配位した水分子がリン酸エステル結合を攻撃し、切断すると考えられます。セリウムは多数の配位子を受け入れることができ、サイズも大きいので、配座の自由度が高い金属です。セリウムが高いDNA切断能を示すのは、こうしたある意味での「いい加減さ」がうまく働いているのでは、というのが小宮山教授の見解です。


セリウム(IV)によるリン酸エステル結合の切断

といっても、これだけでは1本鎖のDNAを切れるというだけであり、二重らせんの狙ったところだけを切断するという目標にはほど遠いものです。「人工制限酵素」という夢のためには、さらなる工夫が必要になります。