夢の記録媒体への道を拓く 〜大越研究室〜

 その昔、8インチフロッピーディスクなどというメディアがあったことなど、今や知っている人は少ないかもしれません。広げたハンカチほどのサイズがあるそれは、容量がわずか128キロバイトでしかありませんでした。現代のブルーレイディスクではこれよりずっと小さなサイズで128ギガバイトの容量のものがありますから、30年で記録密度は100万倍以上にも上昇したわけです。
 とはいえ、進化を続けるコンピュータの世界にあっては、「容量はこれで十分」ということはなく、いくらでも高密度のものが求められます。
 また現在のブルーレイディスクは、ゲルマニウムアンチモンテルルなど希少で高価な元素が用いられています。これらの元素は生産量が少ない上に、中国など特定の国に偏って存在する点が問題です(いわゆる「レアメタル」)。これらの産出国が輸出に制限をかければ、ディスクの生産はその場でストップせざるを得ないという大きな弱点を抱えています。これは単なるリスクではなく、現実に起こりつつある危機です。

 大越慎一教授(理学系研究科化学専攻、物性化学講座)は、1965年生まれの若さながら、これまで金属錯体、特に磁性体の分野で多くの業績を挙げている研究者です。新聞や一般雑誌等への掲載回数も非常に多く、日本IBM科学賞など多数の受賞歴を持ちます。


大越慎一教授

 そして最近、大越教授の新たな研究がNature Chemistry誌に掲載され、大きな話題を呼んでいます。主役となったのは酸化チタン、白絵の具や化粧品、紙などにも使われる非常に身近な材料です。

 実のところこの酸化チタンは、「光触媒」として東京大学にとってお家芸ともいうべき研究対象です。「二酸化チタン(TiO2)に光を当てると、表面上で水が分解されて水素と酸素が発生する」という発見(本多-藤嶋効果)は1972年の発表以来広く応用され、現在も盛んに研究されています。そして今回大越教授は、これと少々組成が異なる「五酸化三チタン(Ti3O5)」から、今まで知られていなかった全く新しい機能を引き出して見せたのです。

 新たに生み出されたTi3O5の何が今までと違うかといえば、光を当てることによってまるきり性質の違う2つの相を行ったり来たりできるという点です。具体的には、一方が茶色で半導体としての性質を示すのに対し、もう一方は黒色で金属的性質を示すのです。既知の相である前者がβ-Ti3O5と呼ばれるのに対し、大越教授らは新発見の後者を「λ-Ti3O5」と名付けました。このように、光によって金属と半導体の間を行き来できる物質というのは、世界でも全く前例がありません。
 今回大越教授は、λ型に緑色または紫外線のレーザー光を当てるとβ型に素早く変化し、β型に青色レーザー光を当てると元のλ型に戻ることを示しました。この性質はまさしく記録媒体にぴったりといえます。またλ-Ti3O5の粒径は25nm前後と極めて微細ですから、今までより遥かに高密度の記録媒体が作れる可能性があるのです。


β及びλ型のTi3O5の構造

 しかし今までにも多くの研究がある酸化チタンに、なぜこのような新しい性質を見出すことができたのでしょうか?秘密は、酸化チタンの粒子をナノサイズにした点にありました。粒子は細かくなればなるほど相対的に表面積が大きくなり、10nmサイズともなると全体の1割の原子が表面に出ることになります。こうなると安定構造も通常とは変わってくるため、今まで知られていなかった性質が出てくるわけです。

 大越研究室ではすでに簡便なナノ粒子の調製法も確立しているため、λ-Ti3O5は経済的にも優れた材料になりえます。何よりチタンは基本的に人体に対して安全性が高く、極めて豊富に存在するという大きな利点があります。こうしたレアメタルの代替技術、環境負荷の低い材料の開発は、現在の日本にとって最も必要な技術ともいえるでしょう。
こうした応用面だけでなく、今回用いられたナノ粒子化の手法は、さらに新たな物性を持つ光電子材料への道を拓いたという点で、学問上のインパクトも非常に大きなものです。今後この手法からどんな物質が生み出されるのか、大いに期待を持たせてくれる研究です。

関連:東大理学部プレスリリース
NatureJapan記事