精確に、望んだ場所でDNAを斬る〜小宮山眞研究室〜

 今回は小宮山眞教授の研究室にやって参りました。小宮山教授は当グローバルCOE推進者の中で唯一駒場キャンパスに本拠を構えており、担当者佐藤は初めての駒場行きとなりました。


小宮山眞教授

 小宮山教授の専門は核酸化学で、主なテーマは以下の4つです。
(1) 人工制限酵素(ARCUT)の開発
(2) DNAナノテクノロジー
(3) DNA・RNAテロメアの研究
(4) シクロデキストリンを用いた人工抗体の開発

ということで、まず今回は(1)のARCUTのお話から。

制限酵素とは

 現在各分野でDNAの研究・応用が花盛りなのはご存じの通りです。この隆盛に、「制限酵素」が果たした役回りの大きさは計り知れません。制限酵素はDNAの4〜6塩基配列を認識し、その場所で二重鎖を切断します。制限酵素には多種多様なものが知られており、それぞれに認識する塩基配列が異なります。これらを使い分けることにより、さまざまな場所でDNAを切断し、別の配列とつなぎ替えるといった操作が可能になりました。現代分子生物学の進展は、制限酵素の存在なしではあり得なかったといっていいでしょう。


制限酵素。中心にDNAを取り込み、二重鎖を引きはがすようにして切断する。

 とはいえ制限酵素には、いくつかの制約もつきまといます。まず制限酵素によって切断できる配列には限りがあることが挙げられます。今まで数百種類の制限酵素が知られていますが、それぞれ切断できる配列は決まっており、任意の配列を指定して切るということはできません。
また、核酸塩基はアデニン(A)・チミン(T)・シトシン(C)・グアニン(G)の4種類しかなく、制限酵素は6塩基対までしか認識できないため、切断する場所の選択性が必ずしも十分ではありません。例えば、よく用いられる大腸菌制限酵素EcoRIは「GAATTC」という配列を認識して切断しますが、この配列は遺伝子中に4の6乗、すなわち4096塩基対に1カ所の割合で現れることになります。ヒトDNAは30億の塩基対から成りますから、単純計算でGAATTCの配列を73万カ所ほど含む計算です。何も考えずに制限酵素を作用させれば、遺伝子はズダズダにされてしまいます。
もっと長い配列を認識できる「制限酵素」を人工的に作り出せれば、もっと様々なニーズに応えられるはずです。しかしDNAというのは非常に丈夫な物質ですので、これを切断するというのは実はそう簡単ではありません。2000万年前の琥珀の中に閉じ込められたクモのDNAが取り出されたという、映画「ジュラシック・パーク」を思わせる研究も現実にあるほどです。強引に切ろうとすると、DNAの鎖ごと破壊されてしまうことにもなりかねません。

セリウムの発見

何とか「優しく」DNAの鎖を切る手法はないものか――。こうした加水分解反応には、しばしば各種の金属イオンが触媒となります。そこで小宮山教授のグループが数多くの金属を試した結果、行き当たったのはセリウム(IV)というイオンでした。驚くべきことに、セリウム(IV)は他の金属イオンに比べて1兆倍も素早く一本鎖DNA鎖を切断するという、極めて突出した能力を備えていたのです。
面白いことに、小宮山教授は当初セリウム(IV)を試そうと思っていたのではありませんでした。セリウムには3価と4価の2つの状態がありますが、小宮山教授が試そうとしていたのは3価の方でした。ところがこの実験中にセリウム(III)が空気によって酸化を受けてセリウム(IV)に変化し、こちらがDNAを効率よく切断していたのです。
セリウムはルイス酸性を持つので、リン酸エステルの酸素原子に配位して加水分解を受けやすくする働きがあります。そしてうまい位置に配位した水分子がリン酸エステル結合を攻撃し、切断すると考えられます。セリウムは多数の配位子を受け入れることができ、サイズも大きいので、配座の自由度が高い金属です。セリウムが高いDNA切断能を示すのは、こうしたある意味での「いい加減さ」がうまく働いているのでは、というのが小宮山教授の見解です。


セリウム(IV)によるリン酸エステル結合の切断

といっても、これだけでは1本鎖のDNAを切れるというだけであり、二重らせんの狙ったところだけを切断するという目標にはほど遠いものです。「人工制限酵素」という夢のためには、さらなる工夫が必要になります。

PNAの導入

「ペプチド核酸」(PNA)と呼ばれる化合物があります。ペプチド状のバックボーンに核酸塩基が枝のように生えた構造で、DNAやRNAとよく似た配置をとることが可能です。実際PNAは、相補的な塩基配列を持つ一本鎖DNA・RNAと、水素結合によって安定な二重鎖を形成することが可能です。DNAやRNAには負電荷を持ったリン酸同士の反発がありますが、PNAは中性ですので鎖同士が反発しません。このため、PNA-DNAの二重鎖は、DNA同士の二重鎖より安定なのです。小宮山教授はこのPNAを「人工制限酵素」作成に生かすことを考えたのです。


PNAの構造



PNA-DNAの二重鎖。水色がPNA、ピンクがDNA。

PNAを「つっかい棒」にする

前述のようにPNAは、相補的な配列を持つDNAと強く結合してハイブリッド二重鎖を形成し、これはDNA二重鎖に比べても安定です。つまり、適当な配列を持った2本のPNAを二重鎖DNAと混合すると、PNAはDNAの二重鎖をほどいて割り込み、つっかい棒のように二重らせんを押し広げることになります。PNA同士が二重鎖を作ってしまわないのかと思いますが、特殊な人工核酸塩基を使用することでこれを防いでいます。そうして二重鎖をほどいたところにセリウムを作用させれば、DNA鎖を首尾よく切断できることになります。


セリウムによる二重鎖の切断

PNAの合成は、パーツをアミド結合でつなぐだけですので極めて簡単であり、好きなだけの長さに伸ばすこともできます。つまり、適当な長さと配列を持つPNAを用意することで、自由な長さの塩基配列を認識し、その周囲で切断することが可能になったのです。例えば16塩基の長さを持つPNAを用いれば、この配列は4^16、つまり約43億分の1の確率でしか出現しませんから、30億塩基対のヒトDNAの中からほぼ間違いなく狙った箇所だけを切断できることになります。
しかもセリウムによる切断は、糖部分を破壊するような「汚い」切れ方ではなく、制限酵素と同じようにリン酸エステル結合をきれいに切断します。このため、切れた断片はDNA鎖伸長など次の操作にそのまま使えますので、これは大きなメリットです。今後、バイオテクノロジー研究や医薬品生産などにも応用が進みそうです。
(Nature Protocolに掲載の論文はこちら

パイオニア・スピリット

この他にも核酸化学の分野で多くの業績を挙げている小宮山教授ですが、意外なことにこの分野に参入したのは40歳を過ぎてからで、しかも当時は研究する人が極めて少なかったということです。未知の分野だけに、自分の研究のオリジナリティはどの程度なのか、どのくらいに評価されるものなのかさえ最初はわからなかったといいます。
小宮山教授が現在のARCUTにたどり着くまでには20年近くを要しているそうで、やはり未踏の分野を切り開くというのはそれだけの苦心を要するようです。「あいつでもできるんだから俺でもできるんだろうと思われたのか、今はずいぶん競争相手も増えました」と笑って語っておられましたが、パイオニアとしての誇りもそこにほの見えた気もします。未知の大海に漕ぎ出してゆく勇気と、ひたすらに対象に取り組む粘り強さ。新しいジャンルを切り開くのに必要なのは、そんな要素であるのかも知れません。

小宮山研究室の他のテーマはまた次回以降に。