「はやぶさ」の持ち帰った宝物(1) 〜長尾敬介教授〜

 昨年6月、日本の打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」が宇宙から帰還し、大きな話題を集めたことは記憶に新しいと思います。はやぶさは、小惑星イトカワ」までたどり着いてみごとその微粒子を回収、そして往復60億kmもの旅を終え、大気中に燃え尽きて散りました。その姿は感動を呼び、映画化もなされるなど日本中にはやぶさ旋風を巻き起こしました。


着陸するはやぶさ(想像図)

 しかし、その持ち帰った微粒子を分析し、太陽系の姿を解明するという仕事はまだ始まったばかりです。大がかりな宇宙プロジェクトほどの華々しさはありませんが、これが成ってこそはやぶさの旅は完結するのだともいえます。
 理学系研究科地殻化学実験施設の長尾敬介教授らはその分析に当たり、イトカワの、そして太陽系の起源に迫る成果を挙げました(Science誌の「はやぶさ」特集号に掲載された長尾グループの論文)。今回は長尾教授および、この研究室出身のOBたちとともに実験に当たった松田伸太郎さん(博士課程3年)にお話を伺いました。


中央が長尾教授、左側が松田さん。

−「先生は,隕石の分析がご専門ですね」
長尾先生(以下N)「はい、学生時代から隕石に含まれる希ガスの分析に取り組んできました」

−「隕石の希ガスの分析というと、どのような?」
N「隕石は宇宙空間を漂ううち、宇宙線を浴びて様々な同位体ができます。隕石に含まれる希ガスを取り出し、その同位体比を測定することで、太陽系の生成過程など多くの情報が得られます」

−「隕石には様々な元素が含まれていると思いますが、なぜ希ガスが分析対象になるのでしょうか?」
N「隕石内の希ガスは太陽系ができるときに隕石母天体に取り込まれたものや、隕石形成後に宇宙線などを浴びて生成したもの、放射性核種の壊変で作られたものなどです。このため、地上にある希ガスとは大きく同位体比が違ってきますので、これを分析することで、太陽系の歴史を知る手がかりになります。また希ガス元素は同位体の種類が多いこと、化学反応を受けないので分離が簡単で、分析がしやすいというメリットもあります」

−「同位体比がそんなに違うものですか」
N「たとえばネオンには質量数が20,21,22の同位体がありますが、地球上ではネオン20が90%以上、ネオン22は約9%、残り0.3%ほどがネオン21です。ところが宇宙空間では、宇宙線によって隕石内の原子核が壊され、ネオンの同位体が新たに作られます。ですので、このようにして作られるネオン同位体の存在比はほぼ1:1:1と、地上のネオンとはまるで違ってきます」

−「なるほど。それを分析することで、たとえばどのくらいの間宇宙にいたかがわかるわけですね」
N「はい。宇宙線をどのくらいの期間浴びていたか(宇宙線照射年代)は隕石の分析において非常に基本的なデータです。この同位体の比率から、隕石のサイズや起源物質など他では解明できない様々な情報が読み取れます。これによって最近数百万から数千万年程度の歴史、たとえばこの隕石は火星から500万年前に飛び出したグループであるというように、太陽系の「近代史」がかなりわかってきます」

−「今回のはやぶさサンプルと、地上で得られる隕石の試料との最大の差は何でしょうか」
N「隕石は大気中を飛んでくる間に摩擦熱で表面が焼けてしまい、少なくとも表面の情報は失われます。また空気や地上のいろいろな成分によって汚染されることも避けられません。はやぶさの取ってきたサンプルはこうした問題がない、宇宙空間にいた生の姿です。特にイトカワ表面で太陽風宇宙線を浴びていた部分のデータは、非常に貴重です」


イトカワ

−「ということは先生にとってもこれは、やはり一世一代の研究ということに」
N「そうなりますね(笑)」

−「当然「はやぶさ」プロジェクトにも、2003年の打ち上げ前から関わっておられたわけですね」
N「はい、いつでも分析ができるよう、国内各大学と分担してチームを組み、備えていました」

−「松田さんはこのはやぶさのプロジェクトがやりたくて研究室に入ってきた?」
松田(以下M)「いえ、たまたま……」
N「ちょうどはやぶさが帰ってきたとき、この分析ができるレベルの学生が彼だけだったんですよ。もしはやぶさが当初の予定通り2007年に帰ってきていたら、まだ松田君の技術では対応できなかったでしょう。彼は運がよかったんですね(笑)」

−「では先生は、はやぶさが無事帰ってくるかどうか、ずっとやきもきしながら待っていた?」
N「行方不明になったときには諦めかけましたよ、やはり」

−「はやぶさは結局2010年6月に帰還したわけですが、そうやって持って帰ってきたサンプルはどのように扱われたのですか?」
N「相模原市宇宙航空研究開発機構JAXA)に持ち込まれ、専用に作られて厳しく管理されたクリーンルーム内の、窒素ガスを満たしたグローブボックスの中で取り扱われています。希ガス分析を行う我々としては真空中で扱ってほしかったですが、そうもいかないので……。
 結局、グローブボックス第一室にカプセルを入れて、ボックス内を減圧しながら、カプセル内外の気圧差を検出して、同じ圧力になった時にゆっくりと開けました。地球帰還時のショックやその後の大気圧下で、カプセル封止がどこまで達成されているか分からなかったためです。実際には、かなり良い真空状態が保たれていましたが、開封後のボックス内のガス組成を測定したところ、やはり地球大気の希ガスは少し入っていました。その後、グローブボックス第2室に移動して、クリーンな窒素ガス雰囲気中でサンプルの取り扱いが行われています。」

−「その窒素も、少しでも不純物があると大きく影響しそうですね」
N「はい。液体窒素を作っているメーカーをいろいろと調べて、特に希ガス含有量の少ない純度のよいものを選び、さらに精製法を工夫することで、数桁も不純物を減らせることがわかりました」

 さてそうした苦労の末に得られたサンプルの分析で何がわかったのか、次回に続きます。